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Copyright © 2019 Peacetopia~韓国での暮らしを中心にあれこれと~ 

【お寺巡り】白蓮寺(백련사)〜韓国佛教太古宗〜

最終更新: 2019年9月18日

※京畿道加平郡上面連下里にある白蓮寺とは違います。


ソウル西大門区白蓮山に位置する韓国仏教太古宗の「白蓮寺」は、新羅時代の景徳6年(西暦747年)にジンピョ律師によって開創された、韓国で最初で最大の浄土道場(*1)です。


阿弥陀経の言葉にある「誰でも阿弥陀仏を唱えれば、極楽浄土へ往生できる」という言葉をもとに、仏陀の浄土思想をこの地に広げるため、ジンピョ律師が創建しました。


設立当時の名称は「浄土寺」で、「この場所は仏様のいる厳正な地である」という意味が含まれています。


その後、朝鮮王朝時代の定宗元年(西暦1399年)、無学王師の指示により涵虛和尙が増設されました。そして、世祖(*2)の長女である懿淑公主が、婿である夏城府院君鄭顯組の願刹(*3)とすることを決め、寺刹の名称も白蓮寺へと改称しました。


宣祖25年(1592年)には壬辰倭乱の戦火で建物が消失するも、大衆が寺刹の復興に着手し、3年後の顕宗3年(1662年)には大法殿を再建、英祖50年(1774年)には洛昌君李樘を増設し、寺刹の拡大に寄与しました。


その後も修復を繰り返し、1965年以降は白蓮寺の僧侶が協力して梵鐘を造り、現在の姿になりました。


昔から「浄土寺に通えば極楽へ行ける」と言われ、一般大衆の信仰対象として続いてきました。また、国難に陥ると、国の太平聖代を祈る護国祈願の願刹としても保全されています。


(以上、白蓮寺ホームページの沿革より。原文を翻訳)


(*1)ここでの「道場」は、柔道や空手などの武芸を身に付ける場所ではなく、仏道の修行を行う場所という意味です。本来は「仏教用語でお釈迦さまが悟り(道)を開いた場所のこと、つまり聖地ブッダガヤの菩提樹の下」という意味だったそうです。※最後の参考サイト「道場とは?~身近な仏教用語~」参照

(*2)世祖は李氏朝鮮第7代国王のこと。

(*3)願刹とは祈祷のために建てられた建物のこと。



弘済駅から出ている10番のバスに乗り、終点である白蓮寺で降ります。

そこからお寺の門までは少しだけ歩くことになります。



門を潜り、また少し歩くと、小さな可愛いお坊さんに囲まれた恵比寿様のような笑顔の像が迎えてくれます。


なんだか見ているだけで顔がほころんじゃいます。



本殿へ行くには、ここからもう少し歩きます。


このお寺、不思議な(?)造りで、門を潜った後も住宅が続きます。

僧侶の方の家だけでなく普通の住宅もあり、どこからどこまでが白蓮寺の敷地なのか見分けがつきませんでした。


ただ、門を潜った時からほんわりとお香の香りがしてきて、あぁお寺に来たなぁと感じました。


気分もるんるん。



気持ちの良いくらい綺麗に整ったお寺です。


風のせいもあって、とても清々しい場所でした。



一番大きな建物の無量壽殿(極楽殿)には阿弥陀仏、観世音菩薩、地蔵菩薩の3体の仏様が祀られています。


ここの仏様たち、特に阿弥陀仏のお顔がすごく可愛らしかったです。

ふっくらとした柔らかい笑顔で、お香の香りとともに穏やかな雰囲気をぽわぁ〜んと醸し出していました。


そして、向かって左に鎮座している仏様の表情は、(こんな言い方すると失礼ですが)なんだかおかしくって、見てると笑えてきました。


下のリンクで写真を見ることができますが、、、、

んーーーーーなぜだ、私が行った時と表情が違う。



白蓮寺 無量壽殿(極楽殿)の写真



私が見たときは、もっと情のこもった表情をしていました。


そして、(もちろん気のせいでしょうが)真ん中にいる阿弥陀仏の頬は、もっと肉付きが良かった気がします。


写真で見ると3体とも同じような顔ですが、実際はそれぞれもっと個性がありました。



まさか、仏様が変わったわけじゃないよね?

うん、そんなことはないと思う。



山の上だけあって、お寺から見える景色も抜群でした。



白蓮寺。

可愛い仏様のいる、清々しい風の吹くお寺でした。



【参考サイト】

白蓮寺(韓国語)

道場とは?~身近な仏教用語~

コネスト韓国地図(白蓮寺)

作者: 昌

​韓国に来て早10年以上。いつかは仏様を描きながら世界中を旅するのが夢